里山から…髙橋先生インタビュー1

里山 それはどこか懐かしい響き 知っているようで 知らない 
知らないようで 親しみのある場所 
里山とは どこにある どんな場所なのか

今回は、前回ご登場いただきました里山保全再生ネットワーク代表岩間さんと一緒に、宇都宮大学農学部附属里山科学センター  髙橋俊守先生に里山の今、価値、これからについてお話を伺います。


第4回 髙橋俊守先生に聞く・・・1

里山を残すことの意味】

髙橋先生に初めてお会いしたのは今年の1月でした。私たちの業界で、製紙会社 中越パルプ工業(株)が商品化した「里山物語」を紹介させて頂き、多くの主体がかかわって里山を育み、経済的にも成立させているこれぞ最先端の取り組みと高いご評価を頂戴いたしました。それ以来色々な里山についてお話を聞かせて頂きましたが、非常時に避難できる里山地域と連携した疎開保険のような、里山を活用する仕組みをご紹介頂いたのを覚えています。

髙橋先生3.JPG宇都宮大学髙橋先生
髙橋: そうでした。そんなお話をした後大震災が起きてしまいましたね。東日本大震災は、甚大な被害をもたらしました。宇都宮大学のある栃木県も福島第一原発事故の影響を受けています。除染作業が必要なところもあり、場所によっては子どもたちへの影響が心配です。里山から出る落ち葉を利用して堆肥を作っている業者さんたちは、すでに堆肥から基準を超える放射線が検出されて地元の落ち葉が使えなくなり、本当に困っています。次世代の子どもを守るために活動している方もいらっしゃいます。

岩間: 福島第一原発事故を受けて、次世代を担う子どもたち、そして子どもたちの食べ物をどう守るかという課題について、里山復興を絡めて何かできないかを考えています。先日『チェルノブイリハート』というドキュメンタリー映画を見てきました。その原発事故から27年がたちますが、今になってその被害が出てきている現実を伝えていました。それは、福島第一原発事故後の日本の未来の姿ともなりうるのかと思うと、手遅れにならぬよう早急に対策を取らなくてはという思いを強くしました。今後、東北復興のためにどのようにしていけばよいとお考えですか。

髙橋: 私も次世代を担う子どもを中心に考えてゆくべきだと思います。この状況下の中で里山の存在は、私たち日本人に重要なものを突き付けているように思います。私たちの先人が創ってきた里山の価値を次世代に伝え残せるのか、それとも経済的な価値を優先して里山など必要ないとしてしまうのか・・・歴史の断絶や豊かさの喪失へとつながりかねない問題です。


―歴史の断絶と豊かさの喪失というのは、具体的にどういったものでしょうか。

髙橋: 里山という場所は、日本の自然と、人の自然に対しての長年にわたる働きかけによって育まれてきた場所です。里山には私たちの祖先が、地域の自然とどのように向き合ってきたのかを知るための様々な手掛かりがあり、また自然の恵みを持続的に受けるために必要な、自然との付き合い方の知恵が今も残っています。里山が衰退しているのは、そこから得られる恵みが経済的に非常に低下してしまい、人々が里山にあまり目を向けなくなってしまったからです。すでに経済価値が失われているのだから里山はいらないと切り捨ててしまえば、自然と向き合う中で長年にわたって構築してきた知恵や文化、姿勢などを否定してしまうことになるのではないかと考えます。

―豊かさの意味をじっくりと考えてみたいですね―

髙橋: そうですね。市場で評価された経済的な価値に満たされて暮らすということだけが、果して豊かさの尺度になりえるのかどうかということです。里山が衰退したのは市場経済から取り残されたからであって、里山に本来ある価値自体がなくなってしまったということではありません。例えば景観、緑豊かな森林、多様な生き物や、田植え等の経験もできますし、里山には今もなお、空気を浄化したり、水を涵養してくれるなどの恩恵がたくさんあります。

 地域にとって里山と都市というものは、相互に関わりあいを持ちながら共存をはかるような社会が理想であり、そうすることができれば、それぞれに住む人にとっても豊かな暮らしにつながるのではないかと考えています。歴史を紐解いてみると、江戸の100万都市は里山の恵みで成り立っていたことがわかります。例えば木材、米、和紙、木綿、つむぎ、木彫り、焼き物など、栃木の里山の恵みは、当時世界最大規模の都市であった江戸に多く運ばれていました。産地には、江戸市場の大半を占めた木綿の真岡、江戸商人が灯籠や石段を贈るほどよく売れたという和紙の鳥山などがあります。また、江戸時代は鮎飛脚といった職業まで存在していたほど、多摩川の鮎を食すことは人々にとって身近なことであり、江戸っ子の粋でした。

 かつて、里山の恵みを中心とした、周辺地域と都市との結びつきは強いものでした。このように考えると、経済的にも物質的にも、また人的にも交流があるような地域社会を再構築するというのが一つの方向性になります。都市に住んでいる人々にとっても里山を共通の自然資源としてとらえて地域全体でこれからも育んでいくような社会が、今まであった経済的な豊かさをさらに充実させることにつながるのではないでしょうか。



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