里山から・・・髙橋先生インタビュー2

里山 それはどこか懐かしい響き 知っているようで 知らない 
知らないようで 親しみのある場所 
里山とは どこにある どんな場所なのか

引き続き宇都宮大学農学部附属里山科学センター 髙橋俊守先生にお話を伺います。


第4回 髙橋俊守先生に聞く・・・2

【自分たちの場所として里山を】

髙橋先生3.JPG宇都宮大学髙橋先生
―続いて歴史観についてですが、世界の先住民の人々はよく7世代先を考えて自然の中で暮らすといいますが、里山で暮らす人々はどのようなスパンで考えて自然と向き合っているのでしょうか―

髙橋: 里山自体は不変のものではなくて絶えずその時代の気候や人々のニーズによって変化してきたものです。里山が現代人にとってどのような価値があって、どのように育んでいけばいいのかを、現代人が考える、これからの里山というものがあってよいと思います。必ずしも過去のどの時点に戻るということでなく、これからの里山を考えていけばよいのだと思います。

―ついこの間、大山千枚田を見に行きました。そこではたくさんのかかしが飾られていたり、キャンドルナイトなどをしていたりして、人気観光スポットになっていますね。まさに現代人が育んでいるということでしょうか―

髙橋: そうだと思います。大山千枚田は、首都圏から一番近い棚田ですね。本来棚田というのは、農業生産性が低く、畦の草刈りは平地の何倍もかかるし、田んぼに迫ってくる林は日影を作ってしまうなど、非常に手間のかかる場所です。では、なぜそのような場所で米づくりをしなくてはならなかったのかということを考えてみると、自分たちの祖先の暮らしてきたその時代時代の歴史につながっていきます。

 自分たちの祖先は、なぜこんなところに棚田を作ったのかということを探求することは、皆の興味を誘うものです。それは歴史に裏打ちされたものであって他に変わりようのないものです。今日では交通網の発達によって、都市に住む人々にとっても、自分たちの生活圏として少し離れたところにある里山を見つめることができます。東京を含めた地域の人々でその棚田を育もうという気持ちがあれば、それを維持することができるのです。そこの土地に住んでいる人たちだけでなく、もっと広げて都市の人たちも巻き込んでその里山の魅力をもう一度掘り起こして、共同で管理してゆくという新しい現代版の育み方というのが、これからの日本の里山のあり方に様々な可能性を生みだすと思います。

【大きな時代の転換点】


―その地域と地域、流れている時代ごとの里山とのかかわり方を私たちが考えていくことが、日本の国土や自分たちの暮らしを豊かにしていくのだなと感じました。棚田オーナー制度などもありますね―

髙橋: はい。しかしながら、そのような現代版の里山の育み方や新しい仕組みにしても、経済的な規模やお金で換算して比較してしまうとすごく小さい。そんな理屈でいえばもう里山なんていらないじゃないかという乱暴な議論も出てきますね。これはやはり里山からもたらされる恵みと価値が、今の市場経済において十分評価できないためです。このような市場メカニズムにだけ任せていても里山を残すことはできません。里山だけでなく農業全般に言えるのが今の日本の状況ですね。

 今、大きな時代の転換点にあります。農家として暮らしている人たちは、ますます高齢化が進み、このままですと農業に従事する人がいなくなってしまいます。日本は、農業を捨ててしまうのか、その選択は我々が生きているこの時代が決めて行くものです。今までの舵取りで行くのか、国作りを少し違ったものにするのか、これ以上もう延ばせません。里山も農業の担い手がいなくなってしまえばなくなってしまいます。

―農村がなくなってしまったら、色々な暮らし方の知恵なども引き継げないまま、後から欲しいと思ったとき文献などを見るなどするしか方法がなくなってしまいますね。―

髙橋: 地域の文化というものがありますが、地域の暗黙知というのもあります。その地域の自然との付き合い方を一番知っているのも地域の人々です。現代人にとっての知識は、テレビとか新聞とか活字になっているものがメジャーだと何となく思っています。ところが、それぞれの地域に暮らしている人たちが身につけている知識の方がずっと本質に近かったりするんですね。そういうケースはよくあります。自然とかかわりを持って里山に暮らしてきた人々がいなくなって、そこの知識とか知恵とかが失われればそれをゼロから再構築するのは容易ではありません。

一方では、それぞれの地域が自立して、都市でも、農村でも必ず必要な食料を生み出してくれる場所、それを身の回りに確保するというのは大事なはずです。その地域ごとに多種多様な恵みをもたらしてくれる里山があるのに、都市で生活を送っていると、その実感がなかなか持てません。自分の消費活動が、その地域の農地や農家の生産活動と結びついているという実感を感じ取れるような仕組みをもっと都市の方で考えてつくっていかないといけないし、都市と農村に暮らす人々が、双方の支え合いを実感できる仕組みが必要です。そういったものが希薄になってしまっているのだと思います。そこを課題として捉えて都市と農村の関係を築く社会の仕組みを考え直したいです。


―「里山物語」の登場は、私たちに紙と森のつながりを意識させてくれました。それはまた私たちに、身近な森は荒れてゆくばかりで、田畑では代々伝えられてきた歴史や知恵が消えつつある日本のSOSサインにも気づかせてくれました。お話を伺い、改めて今里山を残していこうとする人々と出会えて、実際に「里山物語」の販売によってその成果を実感できていることの尊さを感じます。江戸の百万都市にはじまった東京の現在の姿が、里山の恵みなしにはありえなかったということですが、そのプロセスに目を向ける機会すらなかったように感じます。まずは、実際に里山へ足を運び、その魅力と価値を人々と共有し、里山を守り活用する重要性を強く感じました。髙橋先生にお話し頂いたことで、里山に対する考え方が整理できました。また、これからの私たちが生きてゆくための様々なヒントを下さったようにも感じます。長い時間ありがとうございました。心より感謝申し上げます。―

さて次回は、里山で生活している方々に都市部との生活の違いや、そこに住み生活することの魅力などをインタビューしたいと思っております。